TOPIX

2007年4月1日

相続あれこれ その1

弁護士 上田 敦

我々弁護士が受ける相談の中で、やはり多いのは相続に関する相談です。

その中でも特によく聞かれるのは「遺言」について。今回は「遺言」を取上げてご説明をしてみたいと思います。

遺言の方式について
  1. 遺言は、一般的には「ゆいごん」と読まれますが、法律上は「いごん」と読みます。

    遺言の方式について民法は、(1)自筆証書遺言、(2)公正証書遺言、(3)秘密証書遺言の3つの方式を定め、このいずれかの方式によらなければならない、としています。

    なお、これら3つの方式は、法律上「普通方式」と呼ばれています。「普通」があれば「特別」もあるのか、と思われた方。確かに「特別方式」というのもあります。ただ、特別方式は、文字通り特別な状況下における遺言について定めたものですので、あまり一般的ではありません。したがって、特別方式については、ここでの説明は割愛させていただきます。

  2. まず、自筆証書遺言とは、文字通り自分一人で作成する遺言です。誰にも頼らず作成できるため最も簡単な遺言の方式といえ、費用もかかりません。

    ただ、自筆証書遺言といえども、とにかく書いておきさえすればよい、と言う訳ではありません。自筆証書遺言を作成するには、遺言する人が、その全文、日付および氏名を自署し、これに印を押さなければならないと法律上は定められておりますので(民法968条)、その作成には注意を要します。

    例えば、遺言内容をタイプライターで書いた場合はどうでしょう。このような遺言は、「その全文を…自署した」とは言えませんので、遺言は無効というのが判例の立場です。当然、パソコンのワープロソフトを使って書いた場合であっても同様です。また、遺言の内容のうち財産の一覧表だけタイプ印字した場合であっても、「全文」の自署にはならないので、このような遺言は無効であるとした判決もあります。

    ちなみに、テープ録音したものやビデオ撮影による遺言についてはどうでしょうか。そのような遺言の方式は法律上に規定がないため、遺言としては無効とされます。ただし、遺産分割の調停などで、遺言者の生前の意思を伝える一つの資料として考慮される可能性はあるでしょう。

  3. このように、費用もかからず、法律上の要件さえ守っていれば簡単に作成できる自筆証書遺言は手軽な遺言方式といえます。しかし、こういった利点は同時に欠点にもなります。つまり、簡単に作成できると言うことは、その分、簡単に偽造や変造、隠匿や破棄がなされやすいことを意味します。現に自筆証書遺言の変造や偽造を理由として遺言の無効を争う訴訟は後を絶ちません。

    そこで、偽造や変造が簡単になされない方式として、公正証書遺言があります。

    公正証書遺言は、公証人役場に赴いて、証人二人以上の立ち会いの下、遺言する人が、遺言しておきたいことの内容を公証人に口述し、公証人がこれを筆記することによって作成されます。なお、口述できないハンディをお抱えに方については、平成11年の民法改正によって、通訳人の通訳や筆談でもよいということになりました。

    このように公正証書遺言は、手続的には面倒なところがあり費用もかかりますが、裏を返せば、手続が厳格な分、安全性も高まります。

  4. ただこのように厳格な公正証書遺言であっても、遺言の内容が生前に漏れてしまうおそれは完全に否定できません。遺言の内容が遺言者の生前に親族に漏れ、そのために親族同士がぎくしゃくしてしまうことは決して珍しい話ではありません。

    そこで、遺言の内容を秘密にしておきたい場合に採る方法が秘密証書遺言です。

    秘密証書遺言の方式は、遺言者が作成した遺言書に署名捺印をし、その証書を封じて証書に用いた印象で封印します。そして、遺言者は、公証人1人および証人2人以上の前に封書を提出し、自分の遺言書であることと、その遺言書を書いたものの氏名およ住所を述べます。この場合に、公証人や証人といえども、遺言の内容を確認することはできません。そして公証人は、この申述と証書を提出した日付を封紙に記載した後、遺言者および証人と共にこれに署名をして印を押します。

    この秘密証書遺言は、自筆証書遺言と同じく、全くの私文書の上に書かれるものですが、その封緘は公証行為としてなされる点に特徴があります。また、遺言書の「全文」と「日付」の自署が要求されていない点も自筆証書遺言と大きく異なる点です。

遺言書の保管について

さて、せっかく作成した遺言書も、発見されなければその思いを遺族に伝えることはできません。では、遺言書はどのようにして保管しておくのがいいのでしょうか。自筆証書遺言と公正証書遺言に分けてご説明します。

自筆証書遺言の保管

自筆証書遺言の保管は、特に法律の定めはありません。ですので、保管は自由な方法でできます。

遺言書は、生前には容易に発見できないようにしておいて、いざ相続が発生した時には遺族が簡単に発見出来るようにしておくのが理想です。通常は、遺言を作成したことを家族に伝えておき、大切な物を保管している場所にしまっておけば、遺族も簡単に発見できることでしょう。

ところで、自筆証書遺言を銀行の貸金庫に保管する方がいます。しかし、銀行は契約者の死亡を確認した後は共同相続人全員の同意がなければ貸金庫を開けてくれないため、遺言の内容が分かるまでに時間がかかってしまいます。早急に知らせなければならない事などがあっても、これを遺族が知り得ないままに時間が過ぎてしまい手遅れになることがあるため、あまりお勧めはできません。

公正証書遺言の保管

公正証書遺言については、遺言書を作成した公証人役場に原本が保管されます。

ですので、生前に公正証書遺言を作成したことさえ家族に伝えておけば、すぐに遺言書を発見することができます。

遺言書を見つけたら

では、遺言書を見つけた遺族はどのように対処すればよいのでしょうか。

自筆証書遺言、秘密証書遺言を発見したら

これらを発見した場合には、遅滞なく管轄の家庭裁判所に検認を請求しなければなりません。

検認とは、遺言書の内容を裁判所が確認するものでは無く、遺言書の存在を確定するものです。つまり検認は遺言書の状態を確定しその現状を明確にするものにすぎず、遺言が無効か有効かということを判断するものではありません。

なお、この手続をせずに開封した場合には5万円以下の過料に課せられます(民法1004条、1005条)。

公正証書遺言の場合

公正証書遺言に関しては、検認の手続は不要ですので、すぐに遺言の内容を執行することができます。これは、公正証書遺言は公の機関が作成したものであり、遺言の存否自体も公証人によって担保されているからです。

このように、遺言の方式の中でも公正証書遺言は、偽造や変造の危険から遺言を守ることができ、保管についても安全かつ確実に遺言の存在を確保できます。また、遺言を執行する場面においても迅速に対応することができます。

こういった利点から、我々弁護士は、遺言を残したいというご相談を受けた場合に自筆証書遺言よりも公正証書遺言をお勧めすることが多いのです。

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