TOPIX

2007年4月1日

離婚を決意する時

弁護士 福井 啓介

  • 弁護士を35年程やってきましたが、その間多くの離婚事件を取り扱ってきました。男性側、女性側いずれを問わず、種々のパターンの離婚に関係してきました。

    離婚紛争は大変深刻で、当事者の一生を左右する事件ですが、時代の変化にともない、当事者の意識も大きく変わってきたとの印象を強く持っています。意識の変化は次のようなものですが、これは私の雑感であり、具体的な事件の例ではありません。

  • まず、生き方はそれぞれ個人が選択するものであり、他人に関与されたくないという個人主義の意識です。

    昔は、「子供のために」離婚を思いとどまるということが多くありましたが、子供も重要であるが、自分の将来の生き方もそれと同様に重要であるとの考え方が多くなってきました。

    そのため、調停委員が子供の将来のために離婚を思いとどまったらと説得しても、全く歯止めにならない状況となっています。むしろ、子供のためにこそ離婚する方が良いとの考え方が強く出される傾向にあります。また、昔は必ず母親が子供の面倒をみたい、親権者になりたいというのが通常でしたが、最近は自由に生きたい、子供を育てる自信がないなどの理由で、子供を父親である夫にみてもらいたいという女性も多くなりました。

    その様な考え方自体は極めて正当と思いますが、私の様に古い考え方の人間には少し抵抗があります。

  • 大家族の生活や、寮等での共同生活の体験が極端に少なくなっています。また、少子化の中で大事に育てられるため、他人から嫌な事を言われたり、叱られるという経験が少ない生活を送ってきた人達がほとんどです。この様な者同士が初めて共同生活(結婚)をする場合、どうしても相手のために自分を犠牲にするとの意識や、結婚生活のために「我慢する」ということが出来ない人もいます。

    また、自分の事は許せても相手方の事は許し難いとの傾向があるため、自分は悪くないのに相手が一方的に悪いとの思い込みが強くなってしまいます。

    この様な人間関係の中では、相手方の気持ちをくんで、何とか共同生活を続けていこうという意識が育たず、「嫌な人」「顔を見るのもいや」「相手が全面的に悪い」という感情が強烈に生まれ、どうしても離婚したいという断固とした態度となってしまうことになります。

    そのため、夫婦関係が破綻したのは、双方に何らかの原因があったからではとの説得や、離婚したら経済的、社会的に困難な状況となるのではとの説得はなかなか受け入れられず、「絶対離婚します」ということになってしまいます。

  • さらにこれはいい事かと思いますが、女性の働く場が多くなり、親子二人で生活する事が容易な時代になりました。保育園等の施設や社会福祉も充実しており、「私一人で子供は育てられる」との認識があり、何も嫌な男性(ないし女性)と同居して、毎日いがみ合う必要はさらさらないという気持ちになってしまいます。

  • この様な状況の中でさらに問題を複雑化しているのは、「若くて経済力のある親」の存在があります。

    平均余命が高くなるのに従い、就労可能年齢も高くなり、高齢者も高い経済力を持つ人が多くなりました。

    60歳定年の人でも、退職金や年金が充実しており、どこかの会社へ出向などして定年後の副収入を得ている人などは、若い人以上に生活が安定しています。

    この様な経済状況の中で娘から娘婿のいたらない点を涙ながらに訴えられた場合、ついつい「そんな男と早く別れて、実家で生活したら。孫の面倒もみてやる。」ということになります。逆に「あんな嫁と別れたら、孫の面倒は私がみてやる。」ということになります。

    娘にしても、実家に帰り両親が子供の世話をしてくるようになれば、それはそれで精神的にも経済的にも安定する事は言うまでもありません。両親にしても、かわいい娘と孫が手元にいる事自体、夫婦二人きりの生活より生き甲斐のある生活となります。(私にも一人娘と孫がいるため、その気持ちはよく分かるのですが。)

    もちろん、子供の結婚生活が破綻する事を望む親はおらず、やむを得ず離婚という結論を受け入れざるを得ない場合が一般的ですが、昔の様に親が娘、孫を援助したくても、それが出来なかった状況とは大きな変化です。

    昔は、ひとたび家を出れば「絶対帰るな」というのが親の言葉でしたが、そんな親は今では少なく、何かあったら帰ってくるようにいう親の方が多いのが現状です。(私も、何かあったら帰ってくる様に言う方です。)

    そのため、昔は親が離婚の引き止め役であったが、現存は離婚に関する親の考え方が離婚問題について重要な位置を占める事になっています。

  • この様な事情が重なり、ひとたび離婚を決意した女性は主張が明確でその決意が変わることがありません。女性は離婚により経済的にも社会的にも困難な状況に陥る事はその通りですが、昔の女性の苦労とは比べものにならない程改善されていると思います。

  • これに対し、男性は離婚により非常にさびしい状況となります。愛していた子供達と離れて生活する事自体ショックなことですが、さらに男性は家事が苦手で、外食が中心になり、生活費がかさむと共に、生活習慣が乱れる事となります。体調も悪くなり、時には精神病を患う人もいます。昔はすぐに新たな恋人や結婚相手を確保しましたが、現在の男性はナイーブで離婚の痛手を長く引きずり、再婚も出来ない人が多くある様に思います。

    仮に、実家に身を寄せても、親からは離婚の処理について色々言われ、針のむしろのようなことになります。そのため、離婚をつきつけられるまでは強気であった夫も、さて離婚となると妻がどうして離婚したいと言っているのか、理解できない、納得できないという言葉を重ねる事になります。

  • 離婚に際し、当然高額の慰謝料をもらえると考えている人も多くいます。

    夫の月給が少なく、生活がやっとという夫婦の場合でも、離婚する以上、数百万円の慰謝料をもらえるのが、当然という思いがあります。

    しかし、何の貯えも不動産も持っていない男性に、慰謝料を支払えと言っても、無理ではないか、そのことは妻であるあなたが一番よく知っているのではないか、と言うと、夫の実家の両親が出すべきであると言われる事もあります。

    妻と言っても、色々な「妻の座」があり、夫婦が互いに協力した結果、夫が社会的、経済的に高い地位を得るに至った様な場合の妻の座は、それだけで価値があり、これを破壊された場合には、高額の慰謝料・財産分与の請求が可能ですが、これが低い妻の場合は、当然慰謝料も限定されたものにならざるを得ません。

    現在の離婚状況は、過渡期にあると思われます。もう少し、当事者双方が感情的な対立を避けて、冷静に話し合いをという社会全体の意識の変化が出てきてくる事が必要と思われます。

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